メキシコと日本をつなぐ。舞踏家・紙芝居演者横尾咲子さんインタビュー

February 7, 2018

舞踏家として紙芝居演者として、そして3児のママとして。メキシコで輝く横尾咲子さんにお話を伺いました。

 

 

 

先日、筆者が記事を寄せている「Chiik!」サイト上にて、メキシコはパツクアロ在住の舞踏家、そして紙芝居の演者である横尾咲子さんのインタビューが公開されました。もうご覧になっていただけましたでしょうか?

 

子どもの「共感力」をはぐくむ、紙芝居の世界
https://chiik.jp/articles/QE4UL

 

 

こちらのサイトでは、残念ながら掲載されなかった咲子さんの「メキシコとの縁」。個人的に彼女は面白いバックグラウンドを持っていると思います。
そこで、当ブログにて彼女とNPO「手をつなぐメキシコと日本」についてもう少し詳しくご紹介いたします。

 

 

 

 

 ――横尾咲子さんはメキシコで舞踏家として活動をしてらっしゃると同時に、紙芝居の興行もなさっています。そもそも、メキシコで紙芝居をやろうと思っていたきっかけはなんでしょうか?

 

私は大学~大学院在学中、ダンスセラピーを専攻していました。とはいえ、日本の大学ではまだまだ認知度の低かったダンスセラピーについて学ぼうとしても、アメリカで書かれた論文を読むのみ。まったく机上の論理でしかなかったわけです。
 

そんな時、ふとしたきっかけで目にした青年海外協力隊の募集が、まさに自分の学びたい論理を実践できる内容でした。そこで大学院在籍中に協力隊として、メキシコの田舎町に派遣されることに。

 

イダルゴ州公教育省特殊教育センターに配属され、チャパントンゴという小さな町で2年間暮らしました。年齢、障害の種類も程度も様々な6名の子どもたちを対象に、ダンスやリズム遊びなどを用いた体育の授業をすること、また、近隣のコミュニティの小学校を巡回し、そこに統合している障害児をサポートすることが使命でした。
 

大学院を休学しての参加でしたが、私が教える、というよりは受け入れ先の同僚や、巡回先の先生たち、なによりも子どもたちこそが私の先生だったと振り返ります。田舎なので、日本人はめずらしく、触れ合った計400名ほどの子どもたちは私との時間をとても楽しんでくれたので、交流には役立てたかな…。
 

バリアフリー教育の一環として、見よう見まねで、シルバンスタインの「ぼくを探しに」とレオ・レオニの「スイミー」で紙芝居を創作し、それをもとにして子どもたちと演劇を創ったりしました。思えばそれが私の初めての紙芝居体験でしたね。

 

 

――この間、現在公私ともにパートナーである同じく舞踏家のエスパルタコ・マルティネスさんと出会ったことで、メキシコとの繋がりが強くなった?

 

はい。私は2年間の任期を終えて、大学院に戻り、メキシコでの経験をケーススタディとして修士論文にまとめました。約1年の遠距離恋愛ののち、彼がメキシコ文化庁の助成金を得て、舞踏留学のため来日。大駱駝艦の麿赤兒さんにお世話になります。
 

一方、私は大学院卒業後、まったく自分学んだ分野とは違う仕事に就きました。でも、どうしても自分自身の中の違和感をぬぐえず…長女が2歳を過ぎた時点で、自分のやりたい活動と仕事を一致させるべく、メキシコに戻る計画を立て始めました。
 

あるとき、パートナーが目にした紙芝居。「これをメキシコに持って行こう!」と、紙芝居の権威・まついのりこさんの娘さんである松井エイコさんに弟子入りしたのが、本格的に紙芝居プロとしての第一歩を踏み出した瞬間でした。
 

更にはちょうど、第2子の産休に入った時に、図書館から借りてきたマニュアル本2冊を頼りに、NPO設立の手続きをしました。それがNPO「手をつなぐメキシコと日本」です。ちなみに、山形県からこのNPOへ認証が下りたのは、偶然にも2010年9月16日、メキシコ独立戦争勃発からちょうど200年の日でした。運命!
 

それ以前も、2008年から任意団体として日本のアーティストのメキシコ招聘を行っていましたが、2010年の発足には、麿 赤兒率いる大駱駝艦のメキシコ公演のツアーコーディネートを行いました。そして2012年には「めくるめく死者の日展」と題して、日墨アーティストによる死生観を主題にした美術展と、ダンス公演、ドキュメンタリー映画の上演、ワークショップを日墨両国で開催。以来、舞台芸術と紙芝居を中心に、交流事業を企画運営しています。

 

2017年に入ってからは、振付家・ダンサー近藤良平氏率いる「コンドルズ」のメキシコツアーをコーディネートし、それはそれは大盛況でした。「手をつなぐメキシコと日本」の名のごとく、心通いあうような温かい交流を目指しています。
 

 

 

***
2018年に入ってからは、 日墨外交関係成立130周年記念事業としてミチョアカン州パツクアロと周辺の村で活動する8名の職人さんが、仮面・金粉絵皿・とうもろこし人形・泥人形・刺繍・藁人形というそれぞれの技を使って雛人形を創作、展示する企画「Hinamatsuri a la Michoacana」を開催するなど、今後も彼女の活躍から目が離せません!

 

手をつなぐメキシコと日本
http://teotsunagu.tumblr.com/

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